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中国の民話

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中国の民話

new当帰(トウキ)●金銀花(キンギンカ)

■■ 中国の民話 ■■

           当  帰 (トウキ)

婦宝当帰膠(ふほうとうきこう)の主成分でもある、当帰(とうき)は古くから中国で薬として愛用されてきました。当帰(とうき)にまつわる民話も語り次がれていますので、ご紹介します。

 画像の説明

樹木のうっそうと茂った大きな山がありました。その山にはむかしから貴重な薬草がいっぱい生えていましたが、それを採りに行く人は誰もいませんでした。というのは、山には毒蛇や猛獣がたくさんいたからです。

その山のふもとに、小さな村がありました。ある日のこと、村の若者たちが集まって、よもやま話をしていました。そのとき、一人の若者が言いました。
 「肝っ玉が大きいといえば、まずおれの肝っ玉が一番だろうな」
 「お前の肝っ玉が大きいって?そんなことを言うなら、山へ行って薬草を採ってこいよ」
 「ああ、いいとも。お前らの肝っ玉を大きくする薬草をたくさん採ってくるとしようか」
 「やめろ、やめろ。お前が毒蛇にでもかまれてみろよ。こんどはおいらが気付け薬を摂りに行かなくてはなるまいて」
 
そんなやりとりをしているうちに、負けん気の強い例の若者は、何が何でも山へ行って薬草を採ってくるとみんなに宣言しました。しかし、家に帰って母親に話すと、どうしても首をたてに振ってもらえませんでした。

 「お前はうちの大事な一人息子なのだよ。もしものことがあったら、この家にはあとつぎがいなくなってしまう」
 「おれはみんなと約束したんだ。山へ行かないことには、顔向けができん」

 母親は、しばらく考えていましたが、

「お前がどうしても山へ行くと言うんなら、仕方がない。お前には許嫁がいるんだから早くいっしょになって所帯をおもち。お前にもしものことがあったとしても、身寄りの者がいるというもの」

 こうして若者は式をあげ、新婚の夫婦は仲むつまじく暮らしていました。それで、若者としても嫁さんを一人残して山へ行く気にもなれず、一日延ばしにしていたのでした。数ヶ月がまたたく間に過ぎ去りました。

 ある日、村の若者たちがまたも寄り合って、よもやま話に花を咲かせていました。すると、一人の若者が新婚の若者に向かって言いました。
 「お前はホラ吹き大王だな」
 「かみさんと別れるのがつらくて、山に行かずにいるのだろうが」
 若者は、みんなからそんなふうに言われて黙っているわけにはいきません。うちに戻るなり嫁さんに言いました。
 「あしたは山に行く。支度をしておくれ」
 「あたしを一人残していくなんて、あんまりですわ」
嫁さんは、若者の胸にとりすがって、しくしく泣き出しました。
 「おれも男だ。人にうしろ指をさされたくないんだよ。そうだ。おっかさんにも言っておこう。わたしの帰りを3年待っておくれ。3年たっても帰らなかったら、誰かよい人をさがして嫁に行くんだ」
 翌日、若者は母親と嫁さんに別れをつげて、山へ向かいました。

 それから一年が過ぎました。しかし若者は帰ってきませんでした。二年の歳月がたちましたが、やはり何の音さたもありません。嫁さんは毎日夫の帰りを待ちつづけ、涙をこぼさない日はありませんでした。そして、夫の身の上を案じるあまり、血の道の病ーつまり、婦人病にかかってしまったのです。そして、はたでみていても病気がひどくなるのがよく分かるほどでした。 

 やがて、3年になりました。姑は見るにしのびず、心をきめました。
 「お前は息子の帰りを3年も待っていてくれた。ほんとうにありがとう。だが、息子は帰ってこないかもしれない。お前は自分の幸せを考えて、よい人を見つけて嫁に行くがいい」
 嫁さんは、かぶりを振って応じませんでした。しかし、姑が何度も何度も再婚をすすめますし、夫はもうこの世にいないものと思いこみ、実家に帰ってからしばらくして再婚したのでした。

 ところが、皮肉なことに再婚して何日もたたないというのに、若者が帰ってきたのです。それには、母親や村中の者が驚いたのでした。若者は、沢山の薬草を背負えるだけ背負って帰ってきたので、若者の勇気と知恵をたたえぬ者はいませんでした。

 若者は喜びいさんで家にもどりましたが、家の中には嫁さんの姿はありません。
 「お前の言うとおり3年以上も帰りを待った。何の音さたもなかったから、死んだものだと思い、人さまのところへ嫁いでいった」
と、母親は悲しげにつぶやいたのでした。若者は、なぜもう少し早く帰ってこなかったのかと地団駄ふんで悔やみましたが、後悔先に立たずで、いまさらどうしようもありません。しかし、嫁さんのことがどうしてもあきらめきれず、ぜひ一度合わせてほしいと、近所の人にことづけました。

 嫁さんは、若者が帰ってきたのを知って、泣きくずれてしまいました。
 「もう、再婚してしまった身だ。くやんだところでどうにもならぬ。せめて一度でも会ってやりなさい。そうすれば気もすむことじゃろう」
と、まわりの人たちはすすめました。

 こうして二人は三年ぶりの対面をしたのでした。嫁さんは大粒の涙を流して訴えました。
 「あなたをお待ちした三年は、何と長い年月だったことでしょう。今日帰るか、明日帰るかと千秋の思いで待っていたのです。3年間というもの、ひとことの便りもくれなかったばかりに、人さまのところへ嫁いでしまったではありませんか。胸がはりさける思いです」

 若者は、悲しみをじっとこらえて聞いていましたが、やがてフウッと大きなため息をついて、
 「もう悲しんでくれるな。お前のせいではないのだ。わたしは山で貴重な生薬を沢山みつけてきた。これを売って、お前に服を買ってあげようと思っていたのだが、今となってはそれもかなわぬ。この生薬をあげるから、金にかえて、暮らしに役立てておくれ」
若者はそう言い終わると立ち去りました。

 体の弱い嫁さんのことです。どうしてこのようなショックにたえることができましょう。若者の後ろ姿を見送っているうちに、パタンと地面に倒れてしまいました。かたわらには若者がおいていった生薬があります。
 (生きていても、悲しい思いをするだけだ、いっそのこと生薬を手当たり次第に食べて中毒して死んでしまおう)
と思い、薬草の根っこを次ぎつぎに口に入れました。ところが、中毒しなかったばかりか、何日かすると、ほほに赤みがさしてきて、持病も少しずつよくなっていったのです。人びとが不思議に思ってたずねますと、
 「この根っこを食べたのですよ」
と言いながら、若者がおいていった薬草の根を見せました。

 そうしたことがきっかけとなって、その生薬が婦人病に効くというが分かったのです。人びとは、その薬草を栽培して、当帰(ダングエ)と名づけました。

「当帰」とは、「当然帰るべき」という意味がこめられています。「帰るべき夫が帰らなかった。そのため仕方なく再婚した女性」がいたことを忘れないためにつけた薬名だそうです。

【安徽省の天長一帯に伝わる民話】

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